先日、2日間某家電メーカーの商談通訳を致しました。
数十年前にアメリカに移住された、香港出身のGeneral Managerの通訳です。
アメリカに数十年住んでいても、やっぱ香港英語(?)訛りなのね…。
と、訛りに泣かされました。
語尾の子音が完全に消えちゃうんですね。
そして、例のschwa(
7月30日「発音の謎」参照)も、ほとんど発音しません。
よって、schwa+子音の並びで終わる単語なんて、「え
」という感じでした(例えば、"procurement"は「ポキュ」のように聞こえます。)
とは言え、とっても穏やかでフレンドリーなお人柄で、本当に助けられました。
日本企業数社との商談でしたが、商談相手の日本企業の中には、
「通訳なんていらねえよ。」
と、自ら英語で商談を始められる方も。
私は、通訳の私にどんなにぞんざいな態度を取られても、全く気にしませんが、私が通訳として付いている方にそのような態度で挑まれると、心中穏やかではありません
「礼儀正しい日本人」というステレオタイプが覆された、まさに典型を目の当たりに致しました。
それでも、General Managerは、「ああいう人もたまにいるからね。」と、受け流して下さって、私もほっとしました。
「成功者は、寛容である。
」と、感じた次第でございます。
最近徐々に通訳のお仕事を頂き始めましたが、私の通訳スキルは、といいますと、「いいところもあれば、そうでないところもある」という感じです。
「やった
うまくいった
」と心の中で小躍りする瞬間もあれば、「今の、もう一度やり直したい
」と申し訳なく思う瞬間もあり、この感情が交互に行きかっています(もちろん、前者をたくさんご提供できるよう最善を尽くしますが)。
「お陰様で、弊社の状況がうまく伝わりました。」と感謝して下さるお客様もいらっしゃれば、「今の、何て訳したの?」と、私の不適切な訳語を正して下さるお客様もいらっしゃいます。
その度に、周囲の評価に過度に一喜一憂していてはダメなんだな、と感じます。
自分が決めた基準に到達すること、または、少しでも近づくことがなければ、永遠に満足感も得られないのではないか、と思いました。
「私の基準って、何だっけ?」と、考え直す今日この頃です。
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数十年前にアメリカに移住された、香港出身のGeneral Managerの通訳です。
アメリカに数十年住んでいても、やっぱ香港英語(?)訛りなのね…。

と、訛りに泣かされました。
語尾の子音が完全に消えちゃうんですね。
そして、例のschwa(
7月30日「発音の謎」参照)も、ほとんど発音しません。よって、schwa+子音の並びで終わる単語なんて、「え

」という感じでした(例えば、"procurement"は「ポキュ」のように聞こえます。)とは言え、とっても穏やかでフレンドリーなお人柄で、本当に助けられました。
日本企業数社との商談でしたが、商談相手の日本企業の中には、
「通訳なんていらねえよ。」
と、自ら英語で商談を始められる方も。
私は、通訳の私にどんなにぞんざいな態度を取られても、全く気にしませんが、私が通訳として付いている方にそのような態度で挑まれると、心中穏やかではありません

「礼儀正しい日本人」というステレオタイプが覆された、まさに典型を目の当たりに致しました。
それでも、General Managerは、「ああいう人もたまにいるからね。」と、受け流して下さって、私もほっとしました。
「成功者は、寛容である。
」と、感じた次第でございます。最近徐々に通訳のお仕事を頂き始めましたが、私の通訳スキルは、といいますと、「いいところもあれば、そうでないところもある」という感じです。
「やった
うまくいった
」と心の中で小躍りする瞬間もあれば、「今の、もう一度やり直したい
」と申し訳なく思う瞬間もあり、この感情が交互に行きかっています(もちろん、前者をたくさんご提供できるよう最善を尽くしますが)。「お陰様で、弊社の状況がうまく伝わりました。」と感謝して下さるお客様もいらっしゃれば、「今の、何て訳したの?」と、私の不適切な訳語を正して下さるお客様もいらっしゃいます。
その度に、周囲の評価に過度に一喜一憂していてはダメなんだな、と感じます。
自分が決めた基準に到達すること、または、少しでも近づくことがなければ、永遠に満足感も得られないのではないか、と思いました。
「私の基準って、何だっけ?」と、考え直す今日この頃です。
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先日、某病院にて2日間、救急救命医療研修の通訳を致しました
以前、歯科医のセミナー通訳をやらせて頂いたことはありましたが、それはどちらかと言うと経営寄りの内容でした。
今回は、本気で「医療」でございます。
医療分野の通訳は「ひえ〜
」なのである、ということは「世陸でアデランス」でもお伝えしたとおりでございます。
通訳は、所詮通訳ですから、英語ができたって、医療の知識は並みなのでございます。
日本の病院が、シンガポール人の看護師に対して医療研修を行うということで、その際の通訳をご依頼を頂きました。
「あまり高度な内容にはならない、とのことです」、とエージェント。
でも、医療のエキスパートが言うところの「高度ではない内容」と、素人の私が想像するところの「高度ではない内容」とは、きっと雲泥の差があるに違いない!!
さらに、資料を待っていたのですが、直前に、「資料が無いんです。」(笑)(←笑ってる場合じゃないですが)
しかし、資料がなくても最善を尽くす!!のがプロですから、予想のつく限り、自分なりに準備を致しました。
キーワードは「救急救命医療」「看護」です。
患者は、災害発生時にどのような流れで病院に運ばれ、看護師は、どのような処置を施すのか、日本の救急救命医療の現状はどうか、海外はどうか。
診療科の名前、医療器具・設備の名前、病気の名前、身体の器官の名前。
思いつくまま、日本語と英語両方で調べました。
リストアップした英単語は、ゆうに100個は超えていたと思います。
でも、その中にも通訳学校時代に覚えたものがたくさんあって、
「『心肺機能蘇生法 = cardiopulmonary resustation』なんていつ使うねん!」
と、ツッコミながら覚えた甲斐があったなぁ、としみじみ感じました。
「看護師」って、男かしら、女かしら?怖そうな人やったら嫌やなぁ。
研修担当の看護部長って、怖いんかなぁ…(←こればっかり)
など、ひとしきり妄想もし終えて、いざ、現場へ。
研修関係者に直接お会いして、前日までの懸念が全て吹っ飛びました。
シンガポールの看護師さんは、私と年齢も近そうな、可愛らしい女性
看護部長さんも、明るく優しい面倒見の良いお方。
通訳のパフォーマンスは、もちろん実力もありますが、現場の雰囲気などに左右されることも結構あると感じています。
現場が和やかで、通訳にも好意的だと、すご〜くお仕事しやすいですし、逆だと私のような小心者は、萎縮してしまいそうになります。(絶対平静を装いますが。)
1日目は、院内設備の説明と、救命医療の現状に関してレクチャー。
準備していったところがバッチリ当たって(テスト前のヤマのようです)医療用語もスラスラ訳すことができました。
問題は2日目。「2日目は実際現場に出てもらっての研修ですので、より専門的な内容になります」、と…。
もう、これ以上専門的になられても…(^^;
と、不安に思っていましたが、現場には実際に使われている器具があったり、「モノ」を見ての通訳だったので、想像していたより楽にはできました。
でも、外傷患者への処置など、かなり医学的な内容が、ドクターから説明される段階になってくると、だんだん苦しくなってきました。
ドクターが医学用語は英語でご存知なので、所々助けて頂きながらの通訳となってしまいました。
資料が一切出なかったとは言え、申し訳ない気持ちでした。
(当日ERに搬送されてくる患者への処置の通訳だったので準備のしようもありませんが。)
経験というか、知識というか、力不足を感じました。
それでも、2日間終了して、帰り際には、
「とても助かりました。また通訳にいらして下さいね。」
と、お声をかけて頂きました
通訳は決して華やかな仕事ではありません。
事前に、あきれるほどたくさんの準備をして、地道な作業をして、やっと現場に出ます。
でも、お客様からの「良かったです、助かりました」というお言葉で、努力は全て報われる気がしますし、お釣がくる気さえします。
これからも、もっと喜ばれる通訳ができるように、頑張りたいです。
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以前、歯科医のセミナー通訳をやらせて頂いたことはありましたが、それはどちらかと言うと経営寄りの内容でした。
今回は、本気で「医療」でございます。
医療分野の通訳は「ひえ〜
」なのである、ということは「世陸でアデランス」でもお伝えしたとおりでございます。通訳は、所詮通訳ですから、英語ができたって、医療の知識は並みなのでございます。
日本の病院が、シンガポール人の看護師に対して医療研修を行うということで、その際の通訳をご依頼を頂きました。
「あまり高度な内容にはならない、とのことです」、とエージェント。
でも、医療のエキスパートが言うところの「高度ではない内容」と、素人の私が想像するところの「高度ではない内容」とは、きっと雲泥の差があるに違いない!!
さらに、資料を待っていたのですが、直前に、「資料が無いんです。」(笑)(←笑ってる場合じゃないですが)
しかし、資料がなくても最善を尽くす!!のがプロですから、予想のつく限り、自分なりに準備を致しました。
キーワードは「救急救命医療」「看護」です。
患者は、災害発生時にどのような流れで病院に運ばれ、看護師は、どのような処置を施すのか、日本の救急救命医療の現状はどうか、海外はどうか。
診療科の名前、医療器具・設備の名前、病気の名前、身体の器官の名前。
思いつくまま、日本語と英語両方で調べました。
リストアップした英単語は、ゆうに100個は超えていたと思います。
でも、その中にも通訳学校時代に覚えたものがたくさんあって、
「『心肺機能蘇生法 = cardiopulmonary resustation』なんていつ使うねん!」
と、ツッコミながら覚えた甲斐があったなぁ、としみじみ感じました。
「看護師」って、男かしら、女かしら?怖そうな人やったら嫌やなぁ。
研修担当の看護部長って、怖いんかなぁ…(←こればっかり)
など、ひとしきり妄想もし終えて、いざ、現場へ。
研修関係者に直接お会いして、前日までの懸念が全て吹っ飛びました。
シンガポールの看護師さんは、私と年齢も近そうな、可愛らしい女性

看護部長さんも、明るく優しい面倒見の良いお方。
通訳のパフォーマンスは、もちろん実力もありますが、現場の雰囲気などに左右されることも結構あると感じています。
現場が和やかで、通訳にも好意的だと、すご〜くお仕事しやすいですし、逆だと私のような小心者は、萎縮してしまいそうになります。(絶対平静を装いますが。)
1日目は、院内設備の説明と、救命医療の現状に関してレクチャー。
準備していったところがバッチリ当たって(テスト前のヤマのようです)医療用語もスラスラ訳すことができました。
問題は2日目。「2日目は実際現場に出てもらっての研修ですので、より専門的な内容になります」、と…。
もう、これ以上専門的になられても…(^^;
と、不安に思っていましたが、現場には実際に使われている器具があったり、「モノ」を見ての通訳だったので、想像していたより楽にはできました。
でも、外傷患者への処置など、かなり医学的な内容が、ドクターから説明される段階になってくると、だんだん苦しくなってきました。
ドクターが医学用語は英語でご存知なので、所々助けて頂きながらの通訳となってしまいました。
資料が一切出なかったとは言え、申し訳ない気持ちでした。
(当日ERに搬送されてくる患者への処置の通訳だったので準備のしようもありませんが。)
経験というか、知識というか、力不足を感じました。
それでも、2日間終了して、帰り際には、
「とても助かりました。また通訳にいらして下さいね。」
と、お声をかけて頂きました

通訳は決して華やかな仕事ではありません。
事前に、あきれるほどたくさんの準備をして、地道な作業をして、やっと現場に出ます。
でも、お客様からの「良かったです、助かりました」というお言葉で、努力は全て報われる気がしますし、お釣がくる気さえします。
これからも、もっと喜ばれる通訳ができるように、頑張りたいです。
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現在、駆け出し通訳の私はお仕事を求めて通訳エージェントに自己PR作戦を繰り広げております。
最近は、通訳学校卒業後、数年間企業内通訳で経験を積み、その後フリーランスに、というパターンの方が多いようです。
しかし、私にとって、今やらせて頂いている講師のお仕事はとても大切だということと、家事も両立してやっていきたい、という理由から、フリーランスで頑張ることにしました。
通訳学校を卒業しても、ただ待っているだけではお仕事は来ないのだ、と、在学中から噂では聞いていましたが、今それを実感しております。
実力がある人は、オファーもたくさんあるのでしょうが、私のように努力と奇跡でここまでやってきた人間は、何か工夫をしないとダメです。
と、いうわけで、いわゆるjob hunting…。
厳しくもどこか懐かしい、せつない響きです
私が大学を卒業致しました200X年は、「超」就職氷河期と言われておりました。
大学3回生の1年間をイギリスで過ごした私は、4回生の4月に帰国しました。
イギリスで勉強に打ち込んだ1年間。徹夜でessayを書き綴り、寝不足で髪はボサボサ、ニキビ満開の小汚い21歳。
そんな私は就職活動の「し」の字も知らない状態で帰国したのでございます。
周囲を見て愕然としました。
パリっとしたリクルートスーツを着込んで、もう内定をもらっている同級生もいる

イギリスから帰国後、3日目にして怒涛の就活ライフは始まりました。
履歴書を送っては書類選考で落ち、人事部に電話をかけては「本年度募集は致しておりません/締め切りました」と回答され。。。
だいたい20〜30社にエントリーしたら、1社から「受験してもいいですよ」と回答がくる、という割合だったでしょうか。
たいていは、それから筆記試験、2次面接、3次面接を経て、やっと社長・役員と最終面接、という流れでした。
やる気満々の自己PRをして、落ちたときには、全人格を否定されたような感覚に陥りました。
最大限自分の魅力をアピールしているのに、「あなた、要りません」と言われているようなものですから。
一日に数社掛け持ちで訪問し、移動中におにぎりを食べる日々。
御堂筋線の吊り広告を見上げながら、「私、これからどうなるのかしら?」と涙をこぼしたこともありました。
そんな就活ライフも2ヶ月を過ぎた頃、やっと一社から内定を頂きました。
それからは、わりとスムーズに進み、あと数社から内定を頂きました。(企業って、他社から既に内定をもらっている人を欲しがるんでしょうか?)
ここから学んだことは、人の評価は普遍的ではない、ということ。
そして、「良し」も「悪し」もなく、そこには「結果」しかないのだということ。
私を「要らない」という企業もあれば、「要る」という企業もあり、またそれは同じ企業であっても、面接官が違うと、また受けるタイミングが違うと、結果は違ってくるのだ、ということです。
「落ちた」ことが「悪い」ことではなく、「受かった」ことが「良い」ことでもなく、ただそこに一つの結果があるだけで、人がそれに勝手に意味づけをするのだ、ということです。
だから、ただそこにある結果を冷静に客観的に受け止めて、淡々と自分のすべきことをしていれば、いつかは自分の望む結果が得られるのだ、と、かなり深い人生の真理を学びました。
もちろん、必死で就活している時は、そんなことを考えている余裕などなく、これはしばらくして当時を振り返って感じたことです。
それ以降、どんなにしんどいことがあっても、「自分の影響を及ぼせる範囲内で最善を尽くす」ことをモットーとしました。
「これは私にはどうにもできないから、知らない!」と手放すことです。そして自分が変えられるところにだけ集中して力を注ぐことにしています。
そうすると結構楽なのです。
そんなわけで、現在、再び job hunting 中の私ですが、「(通訳は)もう間に合ってます」、「ベテラン通訳を探しているので」と、断られても、「あ〜、そうですか〜」と、お気軽に結果を受け止められています。
最近、成果が少しずつ現れてきて、お仕事のご依頼もぼちぼち頂き始めています。
「求めれば与えられるのね
」、と自然の法則をまたまた感じている今日この頃です。
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最近は、通訳学校卒業後、数年間企業内通訳で経験を積み、その後フリーランスに、というパターンの方が多いようです。
しかし、私にとって、今やらせて頂いている講師のお仕事はとても大切だということと、家事も両立してやっていきたい、という理由から、フリーランスで頑張ることにしました。
通訳学校を卒業しても、ただ待っているだけではお仕事は来ないのだ、と、在学中から噂では聞いていましたが、今それを実感しております。
実力がある人は、オファーもたくさんあるのでしょうが、私のように努力と奇跡でここまでやってきた人間は、何か工夫をしないとダメです。
と、いうわけで、いわゆるjob hunting…。
厳しくもどこか懐かしい、せつない響きです

私が大学を卒業致しました200X年は、「超」就職氷河期と言われておりました。
大学3回生の1年間をイギリスで過ごした私は、4回生の4月に帰国しました。
イギリスで勉強に打ち込んだ1年間。徹夜でessayを書き綴り、寝不足で髪はボサボサ、ニキビ満開の小汚い21歳。
そんな私は就職活動の「し」の字も知らない状態で帰国したのでございます。
周囲を見て愕然としました。
パリっとしたリクルートスーツを着込んで、もう内定をもらっている同級生もいる


イギリスから帰国後、3日目にして怒涛の就活ライフは始まりました。
履歴書を送っては書類選考で落ち、人事部に電話をかけては「本年度募集は致しておりません/締め切りました」と回答され。。。
だいたい20〜30社にエントリーしたら、1社から「受験してもいいですよ」と回答がくる、という割合だったでしょうか。
たいていは、それから筆記試験、2次面接、3次面接を経て、やっと社長・役員と最終面接、という流れでした。
やる気満々の自己PRをして、落ちたときには、全人格を否定されたような感覚に陥りました。
最大限自分の魅力をアピールしているのに、「あなた、要りません」と言われているようなものですから。
一日に数社掛け持ちで訪問し、移動中におにぎりを食べる日々。
御堂筋線の吊り広告を見上げながら、「私、これからどうなるのかしら?」と涙をこぼしたこともありました。
そんな就活ライフも2ヶ月を過ぎた頃、やっと一社から内定を頂きました。
それからは、わりとスムーズに進み、あと数社から内定を頂きました。(企業って、他社から既に内定をもらっている人を欲しがるんでしょうか?)
ここから学んだことは、人の評価は普遍的ではない、ということ。
そして、「良し」も「悪し」もなく、そこには「結果」しかないのだということ。
私を「要らない」という企業もあれば、「要る」という企業もあり、またそれは同じ企業であっても、面接官が違うと、また受けるタイミングが違うと、結果は違ってくるのだ、ということです。
「落ちた」ことが「悪い」ことではなく、「受かった」ことが「良い」ことでもなく、ただそこに一つの結果があるだけで、人がそれに勝手に意味づけをするのだ、ということです。
だから、ただそこにある結果を冷静に客観的に受け止めて、淡々と自分のすべきことをしていれば、いつかは自分の望む結果が得られるのだ、と、かなり深い人生の真理を学びました。
もちろん、必死で就活している時は、そんなことを考えている余裕などなく、これはしばらくして当時を振り返って感じたことです。
それ以降、どんなにしんどいことがあっても、「自分の影響を及ぼせる範囲内で最善を尽くす」ことをモットーとしました。
「これは私にはどうにもできないから、知らない!」と手放すことです。そして自分が変えられるところにだけ集中して力を注ぐことにしています。
そうすると結構楽なのです。
そんなわけで、現在、再び job hunting 中の私ですが、「(通訳は)もう間に合ってます」、「ベテラン通訳を探しているので」と、断られても、「あ〜、そうですか〜」と、お気軽に結果を受け止められています。
最近、成果が少しずつ現れてきて、お仕事のご依頼もぼちぼち頂き始めています。
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」、と自然の法則をまたまた感じている今日この頃です。更新の励みにしています。
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